かたちあるもの [雑感]
愛用していたブックカバーが、見るも無惨な姿に変わり果ててしまった。
使っていくうちにだんだんと味が出てくるという文庫本サイズの革製ブックカバー。
手にすごく馴染んできてお気に入りの品だった。
藍色と呼んでいいのか、染められた革はイマイチはっきりしない色でなんとも表現しづらいビミョーな色合いだったが、とにかくとても気に入っていたんだ。
長いこと持ち歩いてきたせいか、味と云うよりはすっかり色褪せてしまった感じになっていた革の表紙。
手垢でずいぶん汚れてしまったと思い、ちょっと手入れをするつもりで、お湯で洗った。
水よりお湯の方が汚れが落ちやすいかなと、かなり熱めのお湯をかけた。
その途端、まるで炙ったイカの様にくるくると丸まりながらみるみる縮んでいった。
文庫本と比べるとはるかに小さくなってしまって。
元には戻らないブックカバーを手にして、全身の力が抜けていく。
一生モンなんて、この世にないのか。
かたちあるもの、いずれ壊れる。愛も恋も。
もう、泣きそうだ。
ふと、昔に聞いた母の話が頭によみがえる。
母がまだ幼かった頃、とても大事にしていたお人形さんがあったそうな。
おかっぱ頭で赤い着物姿の女の子という、いかにも古くさい日本人形。
満足なおもちゃもない時代、毎日その人形で遊んでいた母。
ご飯のときも寝るときも、肌身離さずと言っていいくらいずっと一緒に過ごしていた。
母にとって大切なおともだちだった。
あんまり遊ぶもんだから、お人形さんの顔はだいぶ汚れていたらしい。
ある日「きれいにしてあげましょねぇ」とお風呂に入れてあげた。
すると、湯船に浸かって気持ち良さそうにしていたのも束の間、人形の顔から目と鼻と口が次第に消えていき、手足がもげて崩れていった。
それは泥をこねて固めて作られた泥人形だった。
お湯なんてかけたら溶けてしまう。
そんなことなんてわからなかった母は、わんわん泣いた。
この話を聞いたのは僕が小学生の時。
見たこともないお人形さんの姿を思い浮かべながら、湯の中に溶けていく泥の顔を想像して涙が出そうになったのを憶えている。